SPF通信-Vol.237- 2025.09.30配信 ★エス.ピー.ファームにつながる皆さまにBCCでお送りしています。 今月のSPF通信担当の田中です。 先日長野にある松本城に行く機会がありました。 見事な外観を眺めながら内部に入ると、築城から四百年の木造の太い柱や梁に圧倒されます。 松本城の天守は現存する日本最古の木造天守のひとつで、城全体を支えるため膨大な量の 木材が使われています。またその基礎には直径39センチ、長さ5メートルほどの丸太が16本 も埋められているといいます。 そんな木材を当時の人々はどう伐って運んだのでしょうか? -------------------------------------------------------------- 目次 1.SPFのノート ・松本城から山を見る 2.ブログ「寄り合いひろば」 ・チェーンソー伐木技術研修を視察して -------------------------------------------------------------- 環境や森林・林業分野に関わる事業の取り組みを通じて、収集した情報やノウハウ(経験・体験) などを皆さまにお届けしています。 --------------------------------------------- 今月のノート 松本城から山を見る 松本城の天守に使われた材がどこから伐り出されたかについては、明確な記録は残っていませんが1595年には城下の屋敷建設にあたり松本市東部の入山辺の山や西部の安曇島々の山から木材を切り出すことを許可したという史料がありました。また城の主要材としてアカマツ、カラマツ、スギといった針葉樹が使われています。周辺の入山辺地区や安曇地区にはこれらの樹種の森が広がっており、当時もその地区の木々が伐り出され建築材に用いられたと考えられます。 個人的に興味深かったのはその運び方です。伐った木は人力で山から運び下ろされると、その近くを流れる川を利用して城下に流されたと伝わっています。山に囲まれた松本盆地の地形を考えれば、川を使った運搬は納得できます。 当時ですと筏にして流していたそうですが、川の増水による流木の事故も多く、流木が暴走すれば人が巻き込まれたり途中で材を失うこともありました。操舵役の人が急流に投げ出されて命を落としたり、川に材を押し込む作業で転落や挟まれ事故が起きたりしていたとも記録されています。 史料を通して当時の森や木材、建築に携わる仕事と共にその過酷さ、そして木こりに限らず山での仕事は危険と隣り合わせの仕事だったのだと改めて知ることができました。 日本には松本城以外にも、各地に歴史的な木造建築の城や寺社が残されています。その背後には、同じようにその土地の森と人々の働きの歴史があると思います。 城や社寺を訪ねる時、建物の美しさだけでなく、そこに使われた木材の来歴にも目を向けてみる。そんな視点があると、それぞれの地域の歴史の楽しみ方が一層広がるのではないでしょうか。そんな事を強く感じました。 _______ ご依頼・ご相談は、お気軽にお問い合わせください! ・研修等の講師を依頼したい! (対象者に合わせた講義を承っております。コミュニケーション/コーチング/ ファシリテーション/新人育成/指導者育成/経営者育成など) ・研修を実施したいのでサポートしてほしい。 (研修の企画から・プログラム設計・事務・運営業務までフルサポート! オンライン運営もOKです!) 詳細はこちら ・自社の国産材(間伐材)商品を広めたい! (イベント・ワークショップ等の企画・設計・運営/自社製品の販売促進など) 詳細は こちら ・環境広報ツールを作成したい方! (ポスター/フライヤー/パンフレット/冊子/WEBサイトなどの他、映像撮影/ 動画制作なども承っております。) 詳細はこちら